TATSUYA HORIKAWA
June 5, 2026·Essay·8 min read

一人でスタバに行けなかった僕が、命を賭ける対象を見つけるまで

大学5年生まで、一人でスターバックスに行けなかった。問題はスタバではなく「一人でいる自分」だった。サッカー、国家試験、そして今。一杯のコーヒーから、世代をまたぐ実験まで続く一本の線について。

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大学5年生まで、僕は一人でスターバックスに行けなかった。

笑い話のように聞こえるかもしれない。コーヒーを一杯買うだけのことだ。けれど当時の僕にとって、それは本当に「できないこと」のリストに入っていた。彼女と一緒なら行けた。友達と一緒なら行けた。でも一人では、あの扉を押せなかった。

最初は「注文が複雑だから」「おしゃれな場所で気後れするから」だと思っていた。でも、よくよく振り返ると違った。スタバだけじゃない。牛丼屋も、映画館も、僕は一人で行ったことがなかったのだ。

問題はスターバックスではなかった。「一人でいる自分」そのものだった。

群れの中でしか生きてこなかった

理由は、たぶんはっきりしている。

僕は幼稚園からずっとサッカーをやってきた。物心ついたときには、常に誰かと一緒にいた。チームがあり、仲間がいて、構造があった。サッカーという競技は、文字通り一人になったら試合が成立しない世界だ。個人が浮くことは悪で、常に誰かとパスを交換している状態が正常。その価値観の中で、20年近くを過ごしてきた。

だから僕の身体には、「一人=何かが欠けた、異常な状態」という感覚が刷り込まれていた。一人でいることは、群れから外れて取り残されることを意味した。だから怖かった。スタバの扉の向こうに、一人で席に座っている自分を想像するだけで、いたたまれなかったのだ。

今ならわかる。僕は「一人が怖い」人間だったのではない。「群れに所属していないと、自分の空虚さに気づいてしまう」人間だったのだ。

空虚への恐怖が、火をつけた

転機は、薬剤師国家試験だった。

正確に言えば、試験そのものではない。学年で最下位に近かった僕が、「10位以内に入る」と覚悟を決めた、あの瞬間だ。

なぜ覚悟が決まったのか。きっかけは、ある種の恐怖だった。

このままだと、自分の人生に何も思い出が残らない気がした。後で振り返ったときに、ただ空虚なだけの時間が広がっている——その予感が、たまらなく怖かった。

そして同時に、サッカー部時代を思い出していた。あの頃は本当に苦しかった。けれど、楽しかった。何かに命を賭けていた。「ああいう時期が人生にあるって、すごく大事なことなんだ」と、ふいに気づいてしまった。

僕が欲しかったのは、コーヒーを一人で飲める度胸ではなかった。もう一度、命を賭けられる対象だったのだ。

それが、たまたまそのとき、勉強だった。

一人でいることの意味が、反転した

ここで、人生のすべてがつながる。

国家試験の勉強は、サッカーと真逆の構造をしていた。

サッカーは、集団と連携で勝つ競技だ。一人でいる状態は異常で、試合にすらならない。常に他人から見られている前提で動く。

けれど国試の勉強は逆だった。一人で積み上げて勝つ。一人でいる状態こそが正常で、むしろ最強。誰かに見られている場合じゃない。

「最下位付近から10位以内へ」と覚悟を決めた瞬間、僕の中で一人でいることの意味が反転した

それまで「一人=群れから外れた、欠けた状態(怖い)」だったものが、「一人=目標に向かって集中している、価値を生んでいる状態(むしろ望ましい)」に書き換わったのだ。

だから僕は、一人でスタバに行けるようになった。

慣れたからでも、場数を踏んだからでもない。「一人でいる自分」を肯定できる目的を、初めて持ったからだ。スタバは「勉強する場所」として再定義され、その瞬間、「一人で浮いている自分」という自意識のスイッチが、完全に切れた。

つまり——僕は何も克服していなかった。ずっと同じ人間だった。変わったのは、燃える対象を見つけたかどうか、ただそれだけ。一人で行動できるかどうかは、エンジンがかかっているかを示すメーターの表示にすぎなかったのだ。

今、僕は動きまくっている

それから時が経ち、今の僕を見てみる。

この2ヶ月で、静岡に行き、熱海に行き、横浜に行き、名古屋に行った。タイにも、台湾にも、金沢にも行った。一人でスタバに行けなかった人間とは、まるで別人だ。

仕事も多岐にわたる。100人規模のシフト管理ツール、採用マーケのダッシュボード、事業KPIのダッシュボード、営業ダッシュボード——それらを同時に作っている。管理薬剤師のマネジメント、店舗のグロース、BIツール制作、広告運用、LP作成。

この動きは、逃避ではない。使命に近い。

なぜ言い切れるのか。理由はひとつだ。

不安から逃げる人間は、絶対に「嫌なこと」に向かわない。空虚から逃げている人は、楽な方、快適な方へと動き続ける。けれど僕は、逆をやっている。自分が一番避けたかったこと、やりたくないと思っていたことに、わざわざ目を向けて、やりまくっている。 そして、やってみると楽しい。

これは逃走では起こり得ない。自分から薪をくべて、火をつけて回っているのだ。

火の三つの形態

ここまで来て、自分の人生のエンジンが、三段階で進化してきたことに気づいた。

第一形態:与えられた火(サッカー部時代)。 火は外から与えられる。チーム、構造、仲間。一人にはなれない代わりに、燃える対象には困らなかった。

第二形態:自分で見つけた火(国家試験)。 「空虚への恐怖」がトリガーとなり、初めて自分で燃える対象を選んだ。ただし火は一つだけ。「10位以内」への一点集中。

第三形態:火を自分で生み出す(今)。 ここが決定的に違う。「嫌なこと=まだ火がついていない領域」に、自分から薪をくべて、火をつけて回っている。しかもその火で、周りの人まで温めている。

整理し、可視化し、気になったところを勝手に改善し、這い上がろうとしている人には時間を惜しまず手を差し伸べる。

サッカー時代の僕は「燃える対象をもらう人」だった。国試の僕は「燃える対象を選ぶ人」だった。そして今の僕は、「燃える対象を作って配る人」になっている。

一人でスタバに行けなかった人間が行き着いた先が、これだ。

エゴと自分を、切り離す

第三形態には、一つだけ落とし穴がある。「火を作って配る人」は、自分の火が消えていることに気づきにくい。周りを温めるのが上手くなりすぎて、薪を全部人にくべて、自分が一番寒くなる瞬間が来る。

だから、自分に問うてみた。誰のためでもない、自分だけのための火は何か、と。

答えは、二つあった。

ひとつは、年収1億円のラインに、自分を早く乗せること。 これはエゴの火だ。速くて、目に見えて、自分のためのもの。

もうひとつは、目に見えない信頼残高を、ひたすら貯めまくったらどうなるのかを見届けること。 これは不思議な火だ。僕はこの信頼を、今世の自分の命で回収しようとは思っていない。もしかしたら、世代をまたぐ検証になるかもしれない。

ここで、僕が掴んだ一番大事な感覚を書いておきたい。

エゴと、自分を、切り離して捉えること。 これができると、不思議なほど物事がうまくいく。

「年収1億円が欲しい」というのは、エゴだ。けれど僕は、そのエゴを僕自身だとは思っていない。エゴは、自分の中にいる一頭の、よく走る馬のようなものだ。馬は欲しがるし、速く走りたがる。だったら、その馬を否定するのではなく、乗りこなせばいい。 エゴを「自分」と一体化させると、お金に振り回される。エゴを「自分が乗りこなす対象」として外から眺めると、お金は燃料に変わる。

最初、年収1億と信頼残高という二つの火は、矛盾しているように見えた。速く回収したいエゴと、回収する気のない壮大な実験。けれど、エゴを切り離して眺めた瞬間、矛盾は消えた。この二つは完璧に噛み合っている。

年収1億は、ゴールではない。それは、「信頼残高を貯める」という壮大な実験を、自分の代で回収しないスケールで回すための、資金力と自由なのだ。

お金が目的の人間は、1億で止まる。僕は1億を燃料にしている。だから止まらない。

そして、信頼残高を貯める行為の正体は——整理であり、可視化であり、勝手な改善であり、這い上がる人に渡す時間だ。思想と、日々の作業が、一本の線でつながっている。

問いへの答え

最初の問いに戻ろう。

なぜ、一人でスタバに行けなかった僕が、行けるようになったのか。

答えは、もう出ている。

一人でスタバに行けなかったのではない。自分の火で回収しようとすら思わない実験に、命を賭けられる人間に、まだなっていなかっただけなのだ。火を見つけた瞬間、スタバなんて些細な症状は、とっくに消えていた。

「回収しようと思っていない」——これこそが、僕の火が本物である、何よりの証拠だと思う。見返りを設計に入れていない火だけが、世代をまたいで燃え続けることができる。

一杯のコーヒーを一人で飲めなかった僕は、いつのまにか、自分の命では回収しきれないものに、火を灯し続ける人間になっていた。

人生は、できないことを克服する物語ではない。燃える対象を見つける物語なのだと、今はそう思っている。

Thanks for reading.

読んでくれてありがとう。感想や反論、どちらも歓迎します。

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